ポスター展示館 第15回

【2020.12.31】

文・有島博志

3rd『VOL.3:THE SUBLIMINAL VERSES』(2004年)のJP製発売告知ポスター。

ご存知の通り、2nd『IOWA』(2001年)発売に伴うワールドツアー中に各メンバー間の関係に亀裂が生じ、活動存続に黄信号が点るほどの、バンドの根幹を揺るがす最大級の危機的状況を乗り越えつつ制作され、完成にこぎ着けたのが、3rdだった。
プロデュースしたのは、RED HOT CHILI PEPPERS、LINKIN PARK、KID ROCKほかとの仕事で高名な超大物リック・ルービン。3rd発売直前にリックが電話インタヴューに応えてくれて、レコーディング中の状況をこう語ってた。
「メンバー間がバラバラになってたんで、まずはその状態をひとつにまとめるとこから始めたんだ」
このときのレコーディングは大方、ロサンゼルスのローレルキャニオンにあるリックの所有スタジオ、ザ・マンションで行われた。作業行程が後半に差しかかった頃、そのスタジオを訪れ、コリィ・テイラー、ジム・ルートを取材した。ジムが言う。
「ここのスタジオには宿泊施設があって、一時はみんなで寝食をともにしながら作業をしてたんだ。もう、学生時代の合宿みたいだったさ(笑)。で、自分の担当作業を終えるとひとり、またひとりとアイオワに帰っていくというね」

コリィが続けた。
「メンバーがアイオワに帰っていく前に、スタジオ内の大部屋にバンド全員が集まって車座に座ってさ。みんなそれぞれが言いたいことを言い合い、ときにはメンバーのひとりが誰かひとりに向かって鬱積したことをぶちまけ、感情的になり、あわや!なんてことになることもあったけど、ああいう場をもっと早く持つべきだったと思うよ。それまでわからなかったことがわかり、みなそれを克服する努力をし始めたからね」
で、リックが作品をプロデュースするにあたりもっとも気にかけたのが、リズム、ビートだった。
「SLIPKNOTにはドラムがひとり、パーカッションがふたりいる。ここがバンド最強の強みなんだ。ここを最大限に生かし、重きを置いたんだ」

2ndはSLIPKNOTの作品史上もっともダークで怒り、痛み、憎しみなどのネガティヴな空気が充満した作風だった。その主な要因は先に記した通りで、とにかくピリピリしてて痛いくらいの触感があった。この3rdはバンドがまたひとつになって前に進もうという強いエネルギーを感じさせ、2ndとは明らかに異なる緊張感も放ってる。個人的には“The Blister Exists”“Three Nil”“Duality”“Opium Of The People”“Circle”“Welcome”“Pulse Of The Maggots”“Before I Forget”“The Nameless”“Danger-Keep Away”と好きな曲が多い。
SLIPKNOTとリック・ルービンがタッグを組んだのは、この3rdだけだ。次作で4thの『ALL HOPE IS GONE』(2008年)はEVANESCENCE、GODSMACK、SIMPLE PLANほかとの仕事で知られるデイヴ・フォートマンがプロデュースしてる。この4thのときのインタヴューで、なぜリックと再度タッグを組まなかったかについて、コリィはこう語った。
「リックてとにかくスタジオにいないんだ。たまに顔を出すんだけど、すぐ帰っちゃう。だから作業に関することで聞いたり、相談したりするのはほとんど、リックのアシスタントなんだ。そういうのってプロデューサーて言えるのかね」
「プロデュースしてる作品のレコーディング現場に、リックはほとんどいない」とは、たまに聞く。LINKIN PARKはリックとは3rd『MINUTES TO MIDNIGHT』(2007年)から3作品一緒にやってる。どううまく折り合いをつけたんだろうか…。

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